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たび重なる協定破棄の重大な違法性
東京法律事務所弁護士 上条貞夫

日赤労働者735号



1、現行の賃金協定の意味

 (一)昨年(二〇〇三年)九月二八日、中労委のあっせんを経て、九月一二日付の日赤本社・全日赤本部間の賃金協定が妥結調印された。
 中労委あっせんを必要としたのは、同年五月一五日の団交以来、日赤本社が「給与改定は人事院勧告に準拠することを全日赤が同意して協定しなければ現行賃金協定(二〇〇二年一一月二六日調印)を破棄する」と主張し、全日赤がこれに応じないことを理由に六月一九日付で賃金協定の破棄通告をしたためである。
 もともと日赤労働者の賃金は日赤労使の自主的な交渉によって決定されるのが、現行法制度の基本である(労働基準法第2条。労働条件労使対等決定原則)。日赤労働者の賃金が公務員の賃金に対する人事院勧告に準拠して決まるという、法律上の根拠はどこにもない。それなのに、人勧の出る前から、あらかじめ人勧に準拠して全日赤労働組合員の賃金を決めることを協定しろというのは、全日赤との交渉を一切抜きに人勧に賃金改定を白紙委任しろというもので、日赤本社がこれにこだわるのは、賃金という重要な労働条件について、交渉抜き、労働組合不在の賃金決定を制度化しようという狙いであった。そのために、組合の賃金要求に対する具体的な回答も出さずに、いきなり賃金協定の破棄を先行させ、無協約状態をつくりだしておいて賃金切り下げを力で押し切ろうとしたのである。まさに組合無視、甚だしい不誠実交渉の不当労働行為であった(労働組合法第7条3号、2号該当)。
 (二)これに対して全日赤は、日赤労組と同時に二〇〇三年七月一〇日、中労委にあっせん申請を行なった。
 中労委は、問題が明白であったため、申請後まもない七月一五日、日赤労使双方に対して、次の提案を行なった(口頭提案)。
 「日本赤十字社労使は、平成一五年度賃金について、具体的回答ができる時期であることも踏まえ、平成一五年度賃金に係る自主交渉を再開し、無協約状態にならないよう早期に解決が図られるよう誠実に努力すること」
 ここで、中労委が日赤本社に対して、「具体的回答が出来る時期であること」を指摘したのは事実そのとおりであって、また「無協約状態にならないよう」との指摘は、協約を軽視して勝手気ままに協約破棄(通告後九〇日で協約失効)を賃金切り下げの圧力手段に利用しようとした本社を、はっきりと、いましめたものに他ならない。
 つづいて中労委は、九月一二日、あっせん員より、次の見解が労使双方に示された。そのさわりの部分を引用すると、「労使関係の基本ともいえる労働協約については、時間的制約もあるので、無協約状態にならないよう、引き続き、労使が努力することを要請する」「信頼関係に根ざした健全で安定した労使関係の構築のため、誠意を持って努力すること」
 この中労委口頭提案と、あっせん員見解とを、労使双方受諾して、九月二八日、協定書に調印した(協定書は九月一二日付)。
 (三)人勧白紙委任・賃金切り下げのための圧力手段として協定破棄したことは、社会的には通用しなかった。
 労働協約は「労使関係の基本」だから、協約内容の変更を求めるならば、労使が協議を尽くして、新たな合意のもとに協約改定をすべきである。軽々に協約を破棄して無協約とするような措置をとるべきではない。使用者として「具体的回答ができる」のに、それをせず、ひたすら協約破棄を先行させるようなことは、決して「信頼関係に根ざした健全で安定した労使関係の構築」の道ではない。
 この、中労委の見解を日赤本社も承認した上で、二〇〇三年九月二八日(一二日付)の現行賃金協定が成立したのである。

2、今回の協定破棄は、違法の上塗り

 (一)にもかかわらず日赤本社は、二〇〇四年度の賃金改定に際して、前年の中労委あっせん以前の対応を、あえて蒸し返した。
二〇〇四年六月一六日付の、現行協定破棄通告書は、その内容も形式も、昨二〇〇三年六月一九日付の協定破棄通告書と瓜ふたつである。曰く、組合が人勧準拠を協定化できないなら現行賃金協定を破棄する、と。
 (二)それは、前述のような中労委あっせんを踏まえて合意に至った現行協定の意味を全く無視し、組合ぬき、交渉ぬき、ひたすら人勧に白紙委任することで賃金の切り下げをはかるために、邪魔な現行協定は具体的回答の前に早々と破棄し、その既成事実をあくまでも押し通そうとするものであった。
 今回の賃金協定破棄は、前掲の昨二〇〇三年七月二五日と九月一二日の、中労委の口頭勧告、あっせん員見解を承認したことを一方的に覆すものであって、それは労使の信義を毀損すると同時に中労委に対しても信義を著しく毀損するものにほかならず、決して許されない。

3、3年連続の破棄通告の意味

 (一)思えば、二〇〇二年度の賃金改定に際して、日赤本社は、人勧が出るまで具体的回答を示さず、人勧が出るとそれに固執して、組合がこれに同意しないことを理由に賃金協定を破棄したことが、東京都労委への不当労働行為提訴をはじめ大きな社会問題となった。それが結局、二〇〇二年一〇月二九日の団交で、本社は、「平成一四年度の賃金改定において、大変混乱をもたらしたことに対し、遺憾であったと考えております。今後も賃金および労働条件の改定においては、誠意を持って交渉し、労使合意に努めてまいりたい」と発言し、その趣旨が同年一一月二六日の労使確認書に、「これまでの労使関係を尊重し、今後とも賃金および労働条件の改定については、誠意をもって交渉し、労使合意に努める」と明記されたのである(一一月二六日賃金協定書調印)。
 (二)この団交発言と労使確認を本社当局は翌二〇〇三年の賃金改定に際して、かなぐり捨てた。それが中労委あっせんを経て、協定尊重、労使の自主交渉による合意決定のルールが再度確認されたのに、その翌年二〇〇四年の賃金改定に当って本社当局は、またまた、この基本ルールを蹂躙した。
 協定しては破り(二〇〇二年)、また協定しては破り(二〇〇三年)、また協定しては破る(二〇〇四年)。この本社当局の態度は、その表向きの言葉とは裏腹に、あくまでも賃金改定は協約を破棄して人勧を労使交渉ぬきで押しつける基本方針を、あらわに示すものにほかならない。
 このような協定破棄、交渉ぬき人勧押しつけは、前述のとおりまさに不当労働行為である。と同時に、このような協定破棄は、「あまりにも恣意的で労使関係の安定を著しく損なう」ものとして、「解約権の乱用」ともなる(菅野和夫『労働法』第5巻568参照)。
 賃金協定を、人勧準拠を理由に3年連続して破棄した本社当局の行為は、連続すればするほど、その違法性はますます明白かつ重大となる。これ以上このような違法を許すことはできない。

以 上

 




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