JRCSWU

勤務成績に基づく昇給制度に対する意見(2)

日赤労働者764号





視座 本社が示した「勤務評定記録書」は、まさに抽象的な評価基準であり恣意的な評価に使われかねない。本社も折衝のなかで「評価基準は抽象的」だと認めており「客観性をもたせるために点数化する」と言っていたが、数字は客観的であっても評価基準が抽象的であれば、表れる点数は客観的な評価にはなり得ない。
 勤務評定の導入が提案された他の病院で、評価者の師長が部下の看護師に向かって「看護師が看護業務をするのは当たり前。当たり前のことは出来て当然。だから私は看護業務は評価の対象としない。他で評価します」といみじくも発言したのと同様に、本社が提案している日赤の評定基準も看護業務やそれぞれの職種に対する業務内容を見るものではない。
 それぞれの職種の立場で「業務遂行能力」や「業務実績」を評価すると言われるかもしれないが、評定者の考え方によって評価が変わる可能性がある評価基準であると言える。例えば、知識・識見における着眼点で「部門に期待されている役割や取り組むべき課題に関して明確な考え方を有している」とあるが、「期待されている」とは、まさに評定者の「期待」であり、「明確さ」を計る尺度は評定者の考え方によらざるを得ない。「知識を有し」ていても当たり前と考えるか、良く知っていると考えるかは評定者の考えにより変り得るものである。またチームワークにおける着眼点で「積極的に他の職員に協力している」とあるが、「積極」さを計る尺度もまた評定者の考え方によらざるをえない。同じように仕事をしていても評定者の違いによって評価が異なるようであれば客観的な評価とは言えない。正に評定誤差がさけられない所以である。
 また「業務実績」では、「期待した業務実績」を上回ったか下回ったかによって評価され点数化されるが、問題なのは業務実績が不明確なことである。団体交渉で「『業務実績』とは何か」と質問したところ、本社は「業務の実施結果である」と抽象的な答弁しかできなかった。さらに「例えば放射線技師の業務の実施結果とは何か」と聞いたら「良い写真を撮ることだ」と回答し、「良い写真とは何か」との追及に対しては「撮り直しをしないことだ」と返答した。放射線技師にとって良い写真を撮るように努力することは当然であり、結局マイナス面でしか評価できないことを回答したも同然である。そうなれば撮り直しになる可能性の高い撮影は誰かにしてもらいたくなるのは当然であるし、既に勤務評定による賃金制度を実施している病院では、『評価のための仕事しかしなくなった』『評価につながらない仕事や評価を下げる可能性のある仕事は避けるようになった』との回答がアンケートで出ている。




過去の記事 目次へ戻る