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日赤労働者767号 |
働く者は、誰でもが「忙しさをわかってほしい」「こんなに頑張っているのだから評価して欲しい」と思うのは当然です。本社は、その思いを利用して「頑張っている者を評価する制度」であるとして「勤務評定に基づく昇給制度」の導入を提案しています。しかし、本音は「評価してほしければ、文句を言わずもっと頑張れ」というものであり、全日赤の追及によって、その本質があきらかとなってきました。 本社提案の概要 一年間(4月から3月まで)の勤務成績を、評定基準に基づいて評定し、成績が優秀であつた職員の昇給を、その成績に応じて通常の定期昇給より多くする制度であると、本社はあたかも「頑張った者が報われる制度」であるかのように説明しています。 全日赤の追及点評定項目は抽象的で恣意的(上司のさじ加減)になる 「着眼点」は抽象的であり、恣意的評価に使われかねないものです。例えば『課題に関して明確な考え方を有している』かどうかなど、個人が考えていることを公平に計ることなど出来るものではありませんし、『上司・関係者からの信頼を得ている』かどうかは、まさしく上司の考え方・見方や上司との相性などに左右され、恣意的な評価になってしまいます。本社は「がんばれば賃金があがる」といいますが、上司の信頼を得るためにゴマをすれということでしょうか?既に成果主義賃金を実施している他病院では現に「ゴマすりが増えた」とのアンケート結果がでています。 目立った行いが評価される印象評価になる評価項目について、一年間を通じて見ることは困難であり、印象に残ったことで評価をすることになります。逆に言えば、普段はどうあれ印象に残る行いで評価が上下するものです。現に他病院でのアンケート結果では『評価のための仕事しかしなくなった』との傾向が示されています。 労働者のことを把握できない者が評価を下す 総合点数は部長の判定となりますが、多くの看護師が配属されている看護部等では、部長が職員ひとりひとりを把握していることはあり得ません。このことは、試行施設からの意見に呼応して、調整者の着眼点を削除したことからも明らかです。 調整者の評定基準が不明確 それにより調整者の評定基準が不明確となりました。団交にて「何を調整するのか」と問いただした結果、本社は「トータルで見てバランスを調整する」と答えました。評価者によって、評定のあまい・厳しいがあるので調整するということでしょうが、バランスが悪いからといって勤務内容に関係なく点数を操作できるのです。これで調整者の評定基準が不明確になり、より恣意的な評定が下される可能性が強くなったと言わざるをえません。 人間はパーフェクトではない 評定者や調整者の気分感情で、評価が左右される可能性があることを追及したのに対して、本社は「人間はパーフェクトではない」と答えるしかない状況でした。同じように「勤務評定に私情が入ることはしかたないこと」と言う施設長もいましたが、これでは公正な評価とは決して言えるものではありません。 点数化することが公平性ではない 本社は「点数化することで公平に評価される」と言いますが、それぞれの課長・師長の考え方・視点がちがうので、同じように仕事をしていても評価者の違いで評価が違い、公平とは言えません。また同一の点数であっても、相対評価で分布率が決まっていることから評語が分かれることは十分にあり得ます。同じ点数の者をどのように区分するのかの質問に対しては、「たとえば着眼点のaの数で判断したり、日頃の勤務状況から判断する」と答えましたが、「たとえば」という表現からも分かるように明確に規定されていないことを露呈したものです。 結局は経営判断となる 当初、本社は「総合点数は参考であって決めるのは実施権者の判定になる」と説明していました。医師確保が困難という状況を反映し、職種による恣意的判断がされる可能性も十分あります。すでに実施している他病院では、医師のA評価が多くなっており、追及したら医師に辞められたら困るからと答弁しています。 「がんばれば賃金があがる制度」はウソ 本社は「がんばれば賃金があがる」と言い「私は、がんばっているから大丈夫」と思う職員もいると思いますが、施設の方針や上司の思いに合わない「がんばり」は評価されないし、みんなが「がんばった」からと言ってみんな賃金があがる仕組みではありません。最終的には相対評価をするので限られた者しか賃金が上がらない仕組みとなっています。頑張っても多数(8割余り)は賃金が上がらないのです。 経営者の都合に合わなければ「がんばり」にはならない 「着眼点」の随所に、施設方針に従う者のみが高評価となるような箇所があります。たとえば『上司の指針のもとに機敏な行動をとっている』では、「時間外労働をしないように言っているのに時間外手当の請求をする」とマイナス評価されかねないものです。また「着眼点」において、患者さんや利用者にとってどうかは一項目しかなく、医療や看護については評価しないものとなっています。患者さんのために頑張っても評価されないことになります。他病院での話ですが、師長が「看護師が看護をするのは当たり前であるから、看護業務は評価の対象としない」と言い放ったそうですし、また前記のように他病院のアンケートでは評価のための仕事しかしなくなったとの結果がでています。 「期待される」は了解済み? 本社交渉で、「業務実績」とは何かの質問に対して、本社は「日頃の勤務実績をみるもので、例えば上司より命じられた仕事の達成具合を総合して判断する」と抽象的な判断基準であることを露呈しました。また「期待される」とは誰が期待するものなのかについての質問に対して、「日頃からの上司と部下のコミュニケーションの中で了解ずみのはずである」と回答したが、上司の考え方の違いにより評定が変わるのであれば公平な評価とは言えないものです。 「がんばり」は評価しない。出来ない。マイナス面しか見ない 本社交渉で、例えば放射線技師の業務の実施結果とは何かを聞いたときに「良い写真を撮ること」と回答し、良い写真とは何かとの追及に対しては「撮り直しをしないこと」と返答しました。放射線技師にとって良い写真を撮るように努力することは当然であり、結局「撮り直し」というマイナス面でしか評価できないことを回答したも同然です。そうなれば撮り直しになる可能性の高い撮影は誰かにして貰いたくなるのも当然です。現に他病院のアンケートでは『評価を下げる可能性のある仕事は避けるようになった』との傾向が示されています。 物言わぬ労働者づくり…反対する者は評価を下げるゾ! また「着眼点」の随所に、『職員としての自覚』が出てきます。『職員の一員としての自覚を持ち、自らの責任を果たした上で積極的に他の職員に協力している』では、年次有給休暇や生理休暇など権利休暇を請求する職員に対して、「職員としての自覚に欠ける」とか「協調性に欠けチームワークを乱す」などとマイナス評価をされかねないものです。その他『職員としての自覚を持ち、職場のルール、マナーを守り…』『職員としての立場を常に自覚し…』など「職員としての自覚」を評価対象に用いていることは、職員(=企業人)である前に人としてどうあるべきか等の意見を述べたり、家庭の困難な事情等で残業を拒んだりすることをマイナス評価されかねず、反発するものは評価を下げると言わんばかりに「もの言わぬ労働者」を作ろうとしているものです。 「ランク付け」は士気高揚にならない 本社は、「勤務評定でランクを付けることで競争原理が働き、職員の士気高揚につながる」と言っていました。全日赤が試行施設で実施したアンケートの結果では「やる気を起こさせない」と約8割が回答しています。チームワークが重要な医療・福祉の現場に競争は不要です。無理に競争原理を持ち込むと矛盾が生じ職員のやる気を削ぐことになり、評定される者、する者を問わず退職者が続出します。 何のためにするのか、目的も不明確 提案している実施要綱には目的として「職員の士気の高揚及び組織の活性化を図るため」と明記されていますが、職員が「やる気を起こさない」のであれば目的を達成できない制度です。そのことを追及したのに対して、あろうことか本社は「職員の士気の高揚」は制度を導入することで付随して発生するものであると説明し、あたかも「導入すること」が目的のように答えた。目的も不明確となりました。
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