機関紙「日赤労働者」

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 昭和34年生まれの私は、子供の頃、母親から「国鉄労働者は昼間から風呂に入ってサボっている」と聞かされていた。労働組合に関わるようになって「昔の特急のトイレは垂れ流しで、国鉄労働者はその中で保線の仕事をしているので風呂に入る」ことを知った▼当時の国鉄ではストライキで電車が止まることは当たり前のようにあったが、母親もそのことに文句は言っていなかった。ストライキは事前に告知させニュースでも交渉決裂の際には通勤できなくなることをしらせ、企業は職員を泊まり込ませるため貸し布団を用意した。日本は、いつからストライキをしなくなったのか▼厚労省のデータでは1974年の1万462件をピークに1975年以降、急激に減少し、2021年には297件しかない。ストライキが減少した要因の一つに団体交渉ではなく労使協議会での話し合いで解決することを大企業を中心に推し進められ組合側も労使協調に転じたことによると考えられている。そして経営者が、ストライキは「怖い」イメージを広めていった。その結果、日本だけが賃金の上がらない国になってしまった▼世の中に迎合してイメージが悪いからと「闘う」を使わないのではなく労働組合の本質を伝えなければならない。(Nk)

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